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盆栽と盆栽鉢に感じる違和感(暴言注意)

風邪街道驀進中の千令です

…死ぬ。

しかしそろそろ寝るのも飽きてきたので、私がちょっと日ごろから盆栽という趣味に関して
感じていることなぞを病のダークエネルギーと共に書いてみようと思います
頭がモウロウとしておりますので、今まで書いてきたことの繰り返しになるかも
知れませんが、あしからず


さてそれはズバリ、盆栽と盆栽鉢の値付けバランスについてです

以前にも言いましたが…正直な所、私は盆栽鉢という物がそんなに凄いものだとは
思っておりません(こんな事を書くとまた怒られてしまいますね)

それは何故かというと、単純に木と比べて鉢は圧倒的に作るまでに
費やされる時間が少ないからです

明治大正の頃の鉢となると話は別ですが…

盆栽は育成シミュレーションゲームとは違い、世話に費やす時間が
長ければ長いほど早く大きく育つという事はありません
10年、20年、あるいは50年…立派な木にするのはそれだけの時間が必要です

長い年月が必要だからこそ、盆栽というものは尊いと思うんです


ですから私の考えでは、木と鉢が同じ次元に並ぶという事は絶対に有り得ません
木は鉢よりもはるかに高位の存在ですし、またそうであるべきです

今は便利な時代で、樹齢15年程度の素材ならば数千円で簡単に見つかります

一方小さなアマ作家の鉢が簡単に8千円、一万円…
(生活かかってないのにボッタクリ過ぎだろ)


売値だけが物の価値ではないというのは重々承知していますが、
それでもやっぱり今のこの状況はちょっと異常だと感じてしまいます

仮に鉢の値段が正当なものであるならば、木の値段はもっと
高くあるべきなんじゃないでしょうか
15年って凄く長い年月ですよ…加速する現代社会では特に…


アマチュアの有名鉢作家に町直という方がいらっしゃいます
町直鉢は今でもとても人気があるんですが…相当な数の鉢を作られたらしく、
人気ほど売値が上がらないので業者さんの間ではあまり評判がよくないようです

なんですが、用の美という考え方からすると沢山数を作って廉価で
多くの人に使ってもらう
というのはある意味工芸の正道なんじゃないかと思うんです

ガラスケースに入れられた鉢に一体何の価値があるでしょう


「大量生産の安物鉢でも使いやすければ一向に構わん」…という私の
アバウトな姿勢は、多分こういう考えが下地にあるからなんでしょうね

作ってる人間としては満を持して失格です
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by 1000ray | 2011-02-28 17:47 | 雑記


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